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なぜつらい関係に戻ってしまうの?トラウマと「予測できる安心」の心理学

  • 執筆者の写真: kumada rie
    kumada rie
  • 5月22日
  • 読了時間: 6分

「未知の自由より慣れた牢獄」

この言葉を聞いて、ドキッとした方もいるかもしれません。今日は、トラウマを抱える方が、なぜつらい状況から抜け出しにくいのか、特にDV被害者の方がなぜ加害者の元に戻ってしまうことがあるのか、その複雑な心の仕組みについて、以前の記事とは別の観点からお伝えしたいと思います。今悩んでいる方だけでなく、周りにそういう方がおられる方にも読んでいただきたいと思って書いています。


私たちの心は「予測できること」を求める

私たちの心は、常に自分にとって安全な場所を探していると言われています。特に過去につらい経験をされた方は、心が警戒モードに入りやすく、「今いるこの場所は本当に安全なのだろうか?」「この人は私を傷つけないだろうか?」と、無意識のうちにアンテナを張り巡らせています。

このような状態のとき、一番怖いのは「どうなるかわからない」という不確かさです。先の見えない状況や予測できない出来事は、私たちにとって大きな不安や恐怖を引き起こします。

たとえそれが客観的に見て「より良い状況」や「安全な場所」であったとしても、それが自分にとって未知のものであればあるほど、心は「本当に大丈夫?」と警戒を強めてしまうのです。

逆に、たとえそこが苦痛を伴う場所であったとしても、何が起こるかがある程度「予測できる」状況では、皮肉なことに心が落ち着いてしまうことがあります。


女性のイラスト

「予測できる痛み」と「予測できない状況」

例えば、加害者との関係において、「こういうことを言えば、相手はこう反応するだろう」「こういう状況になれば、きっとこうなるだろう」というパターンが出来上がっているとします。それは決して望ましい結果ではないどころか、とてもつらい結果かもしれません。

しかし、その「予測できる」という感覚が、「どうなるかわからない」という恐怖よりはマシだと感じてしまうのです。


私自身もそうでした。私の場合は、DV傾向のある男性とばかり付き合ってしまっていました。私を丁寧に尊重して扱ってくれる男性とお付き合いしても、居心地が悪くて落ち着かなくなり、すぐにお別れしてしまっていました。私は父親から支配的なコミュニケーションを受けていたので、私を乱暴に扱う人の行動パターンに慣れてしまい、そういう行動の方が予測できたのです。おかしな話ですが、「キレる、暴力をふるう」という行動の方が「大切に扱ってくれる」という行動よりも予測がつきやすいから安心だったのですね。


泣く女性

新しい環境や、これまで経験したことのない優しいコミュニケーションに対しては、それがどんなに自分にとって良いものであっても、「何か裏があるのではないか」「いつかこの安心は壊れるのではないか」と不安を感じ、かえって緊張してしまうことがあります。

これが、「未知の自由より慣れた牢獄」を選んでしまう心のメカニズムの一つとされています。


特に複雑性PTSDを抱えている方は、この傾向がより強く出ることがあると言われています。長期間にわたるトラウマ体験の中で、自分なりの「予測ルール」を心の中に作り上げ、それに沿って行動することで、なんとか生き延びてこられた経験があるからです。

だから、周りの人から見ると「どうしてそんな行動をとるの?」「なぜまたあの人のところに戻るの?」と理解しがたい行動に見えるかもしれません。でも、ご本人にとっては、その行動が、その瞬間の心を守るための、ある種の「安心」につながっているのです。


繰り返される選択の仕組み

トラウマを抱える方が、客観的には不利益な環境や関係性に戻ってしまうのは、次のような流れがあると考えられます。

新しい環境や関係性は「予測できない」ため、強い不安や恐怖を感じる → その不安から逃れるために、「予測できる」古い環境に戻る → 一時的に不安が和らぐ → しかし根本的な安全は得られず、再びトラウマの循環に戻る

ただし、これはあくまで「予測できた」ことによる一時的な安心感であり、本当に心が満たされる「真の安心」とは異なります。むしろ、長期的には自分にとって不利になったり、不幸な結果を招いたりすることもあります。


私たちの神経系が教えてくれること

この心の働きは、私たちの神経系の仕組みとも関係があると言われています。ポリヴェーガル理論という考え方を参考にすると、私たちの神経系は常に身の回りの状況をスキャンしていて、「安全」「危険」「生命の危機」といったレベルに応じて、体の反応を自動的に切り替えています。

予測できない状況は「危険」や「生命の危機」と判断されやすく、心や体が凍りついたり、逆に闘争・逃走モードに入ったりしやすくなるとされています。

過去に長く危険な状況にいた方の神経系は、新しい安全な環境よりも、慣れた危険な環境の方を「安全」と誤って認識してしまうことがあります。なぜなら、予測できるからです。


もしあなたが、「どうして私はいつも同じようなつらい状況を選んでしまうのだろう」とご自分を責めているとしたら、それは決してあなたの意志が弱いからではありません。生き延びるために身につけた、心の精一杯の工夫なのかもしれないのです。

この仕組みを知ることは、自分自身を理解し、受け入れるための第一歩になります。これまでの選択は、あなたの心と体が自分を守るためにしてきた最善の努力なのです。


新しい安全を育てるために

トラウマからの回復には、新しい「予測可能性」を作ることが大切だとされています。次のようなステップが参考になるかもしれません。


小さな安全体験を積み重ねる - 安全な場所で安全な人との短い時間の交流から始めてみる。

体の感覚に注目する - 新しい安全な体験をしているとき、体はどう感じるか観察してみる。

時間をかける - 体が新しい環境を「安全」と認識するには時間がかかることを自分に許す。


可能であれば、少しずつでいいので、「予測できないけれど、実は安全な場所」に身を置いてみる練習をしてみませんか。

医療機関の受診やカウンセリングもそうだと思います。また、私たちが運営する自助グループのような場所は、そのような体験ができる場所の一つです。最初は緊張されると思いますが、そこには同じつらさを経験をした仲間がいて、互いの気持ちに共感し合える場になっています。

女性

マイペースで、少しずつ

「慣れた牢獄」から一歩踏み出すことは、とても勇気がいることです。でも、その先には、あなたが本当に安心して過ごせる「未知の自由」が待っているかもしれません。

安全とは何か、本当の安心とは何かを、あなた自身のペースで探していくことが大切だと思います。焦らなくて大丈夫なので、あなたのペースで、少しずつ、新しい安心を育てていただければと思います。少しずつに見える歩みは、大きな変化につながっていると信じています。


私たちは読書会やアートワークなど、様々なタイプの自助グループを運営しています。ぜひご連絡をお待ちしています。


※ この記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の医学的診断や治療に代わるものではありません。症状が重い場合や日常生活に支障がある場合は、専門の医療機関にご相談ください。


【参考文献】

「ポリヴェーガル理論への誘い」津田真人著星和書店

「からだのためのポリヴェーガル理論 迷走神経から不安・うつ・トラウマ・自閉症を癒すセルフ・エクササイズ」スタンレー・ローゼンバーグ著花丘ちぐさ訳春秋社

「助けてが言えない~SOSを出さない人に支援者は何ができるか」松本俊彦著日本評論社

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