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執筆者の写真kumada rie

トラウマが分かりにくい理由~正反対の感情が一緒に存在する

5/18(土)はACOA大阪でした😊お借りしている場所のお庭に、綺麗なお花が沢山咲いていて、心地良いです🍀

お庭に咲いていたアネモネ
お庭に咲いていたアネモネ

トラウマを理解するのに難しい理由に、「トラウマは論理的な存在ではない」という特徴があります。


その一つに、トラウマの中に色々な感情が混ざっていることがあります。例えば親との関係に傷付きを抱えているとして、親に対しては色々な感情が混在しています。大好き、大嫌い、愛してほしい、大切にしてほしい、離れていてほしい、声をかけてほしい、近寄りたくない、怖い、慕いたい、憧れ、蔑み、などなど、相反するものが沢山あるわけです。


私も親に対しては、大好きと大嫌い、愛してほしいと近寄ってほしくない、など正反対の感情が一緒に存在しています。


これが、本人をすごく苦しめているんですね。だって世間では論理的であることや、分かりやすくあることを求められます。だから、親のことが好きか嫌いか、どっちかにしなきゃいけないんじゃないかと思って苦しくなります。さらにはっきりできない自分に対する自己否定まで入って余計に苦しくなります。


元々トラウマが生まれるのは、こうした自分で処理できないほどの膨大な量と種類の感情の波に圧倒されることが原因の一つです。例えば、苦しい、自己否定、怒り、罪悪感、自責、悲しい、怖い、好き、嫌い、ハイテンション、恐怖、不安、心配、寂しい、後悔、空虚、落ち込み、絶望感、嫉妬、イライラ、無感情、集中できない、などなど・・・。こうした様々な感情の種類や量を自分で処理できず、圧倒され、無力を感じる。これが、トラウマの原因となります。言葉で書くとシンプルですが、実際にこの感情の波に呑まれる感じは、打ちのめされるような絶望と無力感です。立ち上がる気力も何も奪われるほどの凄まじい苦しみと絶望です。

(幼少期に養育者がそばにいて感情を一緒に感じたり、言語化したりする、という体験を経ていると、感情の処理をしやすくなります)


そういう成り立ちを持つトラウマですから、中に癒されていない相反する感情が存在するのは当たり前です。傷付きを抱えている人はまだその中にいます。トラウマを理解するためには、これを理解することが本当に本当に大事です。トラウマは矛盾する、理解できない、そういうものなんだと知ることから、自分の状態を認められるようになっていきます。相反する感情が苦しくなったとしても、そこは否定せず、「好きだけど(but)嫌い」じゃなくて「好き、そして(and)嫌い」と考えられると楽になると、NPO法人レジリエンスさんの研修で習いました。本当にそうだと思ってます。


多分支援者も、「どっちかはっきりしてよ」と思う事は多いんじゃないかと思います。好きと言ったり嫌いと言ったり、親元(DVの夫や恋人の元)に帰りたいと言ったり、帰りたくないと言ったり。要支援者のことを「分かりにくい」と思うことが多いと思います。ただ、トラウマを抱えている人は、その複雑さに本人が一番苦しんでいますし、そこをそのまま認める、ということを少し考えて頂けたら、楽になるのではないかと思います。


この相反する感情、トラウマの原因となった膨大な量と種類の感情は、時間が経っても決してなくなりません。感情はエネルギーですから、癒されない限り、本人の中にずっと残り続けます。これを昇華していくには、支援者や自助グループなどと関わりながらすこしずつ語りながら、過去として手放していくことが一つの方法です。時間はかかりますけど、苦しかった感情を癒していくことは、絶対にできます。







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