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感謝の罠:日本社会で見落とされがちな感情ケアの大切さ

執筆者の写真: kumada riekumada rie

※この記事はトラウマケアについて学んできた私個人の経験と考察に基づくものであり、専門的な医学的・心理的アドバイスではありません。深刻な悩みがある場合は、専門家に相談することをお勧めします。


本やネットで「今の状況に感謝しましょう」「『ありがとう』と言いましょう」というメッセージに出会う機会は多いと思います。感謝の気持ちを持つことは大切だと思っています。特に他人が羨ましくなったり不平が出そうな時は、自分が今持っているものに目を向ける「足るを知る」という考え方は価値があると思います。今あるものに感謝することで、見えてくる世界があるのは確かだと自分の経験からも感じています。


ピンクの花

感謝の気持ちが感情を抑圧することも

ただ、この考え方は個人の状況によっては合わない時もあると思うようになりました。

例えば、友達から悪口を言われて傷ついた時に「他の友達や家族は優しいし、友達がいない人より恵まれている。感謝すべきだから悪口のことは忘れよう」と考えるケース。

または、経済的に苦しい状況でも「路上生活者や飢餓に苦しむ人たちより恵まれている。住む場所があることに感謝しよう」と思うかもしれません。


「『ありがとう』と言おう」と促されると、傷ついていても「私はまだマシ」と感情に蓋をしてしまうことがあります。これは矮小化(自分の問題や感情を不当に小さく見せること:過去のブログで説明しています)であり、注意が必要です。もちろん、そういう考え方で前に進めたり、踏ん張れる人もいるでしょう。その人に合っているならそれでいいと思います。


感情の抑圧がもたらす影響

心の傷が大きい状態で感情を抑え「感謝しよう」と言うと、抑圧された感情が後にイライラや依存症など別の形で表出することがあります。


傷つきや悲しみの感情はケアが必要です。誰もが傷つき、悲しむ経験をします。そんな時、感情を抑圧せず「つらかったね」と認め、大切に扱うことで感情は昇華していきます。


感情は時間が経っても消えず、溜まるか昇華されるかのどちらかだと言われています。この時に気を付けて頂きたいのは、感情と思考は別物ということです。


感情と思考の違い

感情のケアと思考のバランスについて具体的に説明すると、

  • 感情:「悲しい」「怒り」「寂しい」などの内的な反応で、否定せずに受け止める必要があります。「悲しい」「怒り」「嬉しい」など一言で表せる。

  • 思考:「感謝しよう」「前向きに考えよう」などの意識的な考え方で、選択できるものです。文章の形。


例えば、友人に裏切られて悲しい時、まず「とても悲しい」という感情をしっかり受け止め、ケアする必要があります。その後で「他の友人たちに感謝しよう」と思考することができます。順番が大切なのです。


子ども時代の感情体験の影響

理想的には、成長過程で周囲の大人が子どもの傷付いた感情に「悲しかったね」と共感し、感情表現を受け止めることで、子どもは感情との健全な付き合い方を学んでいくと言われます。この経験が、将来の困難に対処したり、傷付いた経験から立ち上がっていく力になるとされています。


しかし、様々な理由から「泣かないで」「たいしたことじゃないから早く忘れて」といった言葉をかけられることもあります。これは必ずしも悪意からではなく、当時の社会環境や養育者自身の育った環境の影響、養育者自身がそういう言葉をかけられて大きくなったからかもしれません。それでも、感情表現を十分に受け止められなかった経験は、成長後の感情理解に影響することがあります。

怒られる子ども

私自身も「自分の悲しみはたいしたことない」「感謝すべき」と思い、長く自分の感情に向き合えませんでした。その結果、ケアされないままの感情が苦しくなり、「自己治療」という形で依存症に陥ったのだと思っています。


感情表現の方法を十分に学ぶ機会がなかった場合、大人になってからさまざまな形で困難を経験することがあります。これは決して特別なことではなく、多くの人が程度の差はあれ経験することだとも感じています。


バランスを見つける

感情の扱い方がわからないまま「『ありがとう』と言おう」と促されると、苦しい時も感情を抑えて「ありがとう」と言ってしまう過剰適応が起きます。そうして癒されない感情が抑圧されたままになります。

感謝の気持ちは素晴らしいものです。しかし、それが感情を抑圧するものであってはなりません。傷つきや悲しみはしっかりとケアし、感謝は別に扱う必要があります。

過剰な「感謝」が、時に感情の抑圧につながる危険性を知っておいていただきたいと思っています。


感情に気付き、ケアする方法

自分の感情にずっと蓋をするクセがついていると、いざ「何を感じているか」と言われても分からなかったりすることもあります。感情を感じていく方法として、次のようなことが挙げられます。

  1. 安全な場所につながる:カウンセリング、セラピー、自助グループなど、安心と安全が守られる中で話を聞いてもらえる場所で、話を聞いてもらう。(医療に関わる悩みがある場合は、受診をお勧めします)

  2. 感情を書き出す:毎日数行でもいいので、感情を書き出す習慣をつけると、自分の感情に気づきやすくなります。

  3. 言葉にしてみる:「私は〇〇を感じている」と感情を言葉にしてみる練習をすると、自分の感情を理解しやすくなります。

  4. 身体の感覚に注意を向ける:感情は身体にも現れます。額、指、太ももの一部など、人によって異なりますが、どこに緊張や不快感を感じるか注目してみると、意外に緊張していることに気付いたりします。


こうして自分の感情を理解したり、付き合ったりしていくことができるようになると、感謝とのバランスもとりやすくなると思います。また、感情をきちんとケアしたり、付き合っていけるようになると、暴発することも減り、扱いやすくなっていくと言われています(自分への信頼ができるからかな、と個人的に考えています)。とはいえ、一朝一夕にできることではないので、ゆっくりと、マイペースで進めていくものだと思います。


私たちの自助グループでは、このような感情との向き合い方について共に学び、支え合っています。一人で抱え込むのではなく、安心できる場所で自分の経験を分かち合うことが助けになることもあります。それぞれの方に合った方法で、感情と向き合い、また感謝の気持ちも育んでいけるといいですね。


このような感情との付き合い方、セルフケアの方法をお伝えするこころのケア講座も来年5月から開催予定ですので、またご案内いたします🍀

桜

【参考文献】

・子どもの悲しみによりそう―喪失体験の適切なサポート ジョン・ジェームス、ラッセル・フリードマン、レスリー・ランドン著、大月書店

・グリーフリカバリー・ハンドブック ジョン・ジェームス、ラッセル・フリードマン著 アーク株式会社

・あなたの苦しみを誰も知らない―トラウマと依存症からのリカバリーガイド クラウディア・ブラック著 金剛出版

・NPO法人レジリエンスこころのケア講座ファシリテーター養成研修資料


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