梅村:権力側の動きが分かってきたわけですよね。
井上清成弁護士
井上:そうそう。例えば刑事告訴ってあるじゃないですか。告訴は「受付係」なんていうのがあるんですよ。「聴訴」なんて言葉書くんですが、「告訴の受付係の仕事は告訴を受け付けないことである」という考え方です。つまり、「こんなつまらない告訴は受け付けない、はじく」ということですね。彼らからしてみれば「最近の若い警察官はだらしない。告訴を受け付けてしまうから、やらなきゃいかん。そんなばかな事件やってけしからん」というわけですよ。
梅村:今の時代やったら、えらい話ですよね。
井上:こういう洗礼を昔に受けてるわけです。それで俺は「じゃあとっつぁんね、自分でえん罪作っちゃうだろ」と言ったら「俺はえん罪を出したことはない」と。どうしてかと聞いたら「全部自白させるからえん罪も何もない。きちんと調書を作るんだから。がちがちに固めとけばいいんだ。そうすれば無罪なんだ」とね。「弁護士なんかばかだから、法廷に出て色々言われたことあるけれども、そんなもんで無罪なんて出るわけねえ。弁護士なんてあほなんだ」と言うのを聞いて育ったわけですよ。警察官から見たら弁護士は敵だから。
熊田:まさしくそういう体質の時代だったんですね・・・。 井上:おまけに反抗期じゃないですか。私、東大で法学部に入ったでしょう、文Ⅰだけど。父親はすごく喜んで「俺が30年苦労したことをお前は3年でできる。これから公務員試験を目指してがんばれ」と言うんです。警察のキャリアシステムって官僚システムの究極みたいなところじゃないですか。そのキャリアの人たちに、父親が30年かかって上がった地位を、大げさに言えば3年で抜かれちゃうわけです。20代ぐらいのかわいい坊やが署長をやってるわけですよね。そこの副署長がもう定年寸前で、「この若い坊やを無事に送り出せば論功行賞で署長になれる」とか言ってるわけです。当時ですよ。 梅村:今でもありますよね、財務省でも税務署長とかそういうところで。 井上:父親にそうやって言われれば言われるほど嫌になるわけです。特に父親と息子なんて、仲がいいんだか悪いんだか、みたいなとこあるじゃないですか。 梅村:先生とお父さんは、見た目とか性格とか似てるんですか。 井上:後から振り返ると性格的には似てるかもしれないな。風貌は母親似って言われるんだけど、性格的には好きなことを言っちゃうんです。中学校や高校とか、どうしても教師ににらまれるんですよ。普段はいい子で、言ってることも合理的なつもりなんだけど。公立学校にずっと通ってたんだけど、公立学校の教師からするとなんか合わなかったみたいでね。 梅村:言い返せないぐらいの論理を言われるんじゃないですか。今の片鱗が既に出てたんですよ(笑)。 ■「良いことを言うと昇進できない」井上 井上:親も同じなんですよ。そうするとどうなるか、言うこと言っちゃうと組織では昇進できないわけです。言うことを言わないと上がれる。良いことを言うってことは、自分の地位とか昇進を諦めなきゃいけないんだと。親を見ててこれはやばいと思いましたよ。このままだと、例えば私が公務員試験でがんばってキャリアになったとする、そしたら絶対に出世できねえなと、どこかでぶつかっちゃうと。この性格では30年我慢して事務次官に上がっていくなんてことは到底無理だと。その前に勉強をやる気がないっていうところが、そもそもあるけれど(笑)。でも法律の世界にひょっこり入っちゃった。そうしたら組織に属さない仕事があるわけじゃないですか、弁護士っていう。 梅村:士(さむらい)というね。 井上:偉そうなんじゃなくてね、とにかく組織で上がっていくというシステムだと難しいけど、一人なんだからなっちまえば上がりじゃない。上もなければ下もないみたいな感じだから、気楽でいいやということで、消去法で弁護士になったんですよ。 (つづく)
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